第18話 違和感と豹変 |
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第19話 姿を見せた黒幕 |
第20話 合流 怪植物の部屋 |
「……!」 視界に入ってくるのは闇と、鉄格子から除くわずかな月明かり。 目が覚めた瞬間、彼が目にしたのはその2つだった。 右手は鎖で壁に繋がれていてその場から動くどころか立ち上がることさえできない。 「チッ……マジかよ……」 自分の状態を確認し、彼、鉄零児《くろがねれいじ》は軽く舌打ちする。両手を後ろ手で、縄かなにかで縛られていたほうがまだ脱出が簡単だったものを……。 「目が覚めたみたいですね」 「……!?」 零児は声がしたほうへと顔を向けた。 「ディーエさん」 声の主は牛の角を持った巨躯の亜人ディーエだった。彼は零児と違って後ろ手に縄で縛られている。零児は右腕しか存在しないから縄による拘束は意味を成さなかったためだろう。 「ここは……?」 「牢屋……のようですが、よくはわかりません」 「ネルとシャロンは?」 「ネルさんは私達に攻撃を加え、私も気絶させられていました。シャロンさんはわかりません。どこかに連れ去られたのでしょう」 「……」 「なんなんでしょうね……この状況……」 ディーエは酷く疲れた言い方で話す。 「私達が経営している宿から馬が逃げ出すなんてこと事態、そうそう起こりえることではないのに、それに加えてこんなわけの分からないところに来ることになった上に、お客様である方々をこのような危険な状況下においてしまっている……」 「別にディーエさんが悪いわけじゃない」 「そう思っていいのでしょうか?」 「ディーエさんが故意にこんな状況になるように仕組んだわけではないのだから当たり前ですよ。それに落ち込むより、ここから脱出することを考えないと……」 「申し訳ありません……」 「謝らないでください。とにかく、まずはここを出ましょう」 「……はい」 ディーエは落ち込み気味にそう返した。 ディーエは亜人だが、それでも人間、亜人のわけ隔てなく接する。そして今の言動を見る限り責任感も強いほうのようだ。 確かに馬が逃げ出したのはディーエとラックスによる管理の不行き届きが原因かもしれない。別の要因ももちろん考えられる。 しかしこの状態に陥ってしまったこと事態はディーエが悪いわけではない。だから零児はディーエを責めようとは思わない。 むしろ、こんな状況にあって誰かにせいにするわけでもなく、自分に責任があるかのように振舞うことは逆に好感に値する。 少なくとも零児はそうだった。 「さて脱出するとなると、どうにかしてこの鎖と、ディーエさんの縄をどうにかしなければ……」 「この状態ではまともに行動できませんからね」 「普通なら、この状態を脱するのは不可能に近いし、実際刃物がなければ無理だ。だけど……」 零児は不適に笑う。その表情をディーエが読み取れたかどうかは分からないが。 「俺には最大の武器がある」 無限投影。自らのイメージした物質を魔力によって作り出す特殊な魔術だ。 零児は鎖で繋がれた右腕に魔力を込め、一本のダガーナイフを出現させた。そのナイフが地面に落ち、乾いた音を響かせる。 「クロガネさん……その力は?」 「そんなことは後でいい。ディーエさん、背中をこっちに向けてください。今からコイツでディーエさんの縄を切ります」 「わ、分かりました」 零児の得体の知れない力に驚きつつ、ディーエは零児に背中を向けた。 そして、零児は落ちたナイフを広い、ディーエの手を縛っている縄を切り落とす。 「ありがとうございます」 両腕が自由になったディーエは自らの両手首を軽く擦る。 「よし! 次は……」 続けて零児は右腕から今度は巨大な斧を出現させる。 「ディーエさん」 「分かっています」 ディーエはその斧を拾い上げて構える。 「……フン!!」 力強くその斧を振るい零児の右腕に繋がれた鎖を真っ二つに切断した。 「よし!」 右腕が自由になり、零児は立ち上がる。手に鎖が若干残っているが、そんなのは後になってはずせばいい。 そして、最後に零児とディーエの2人が閉じ込められている鉄格子。零児は先ほどよりも巨大な斧を作り出し、それをディーエの怪力によって振るわれ、何とか鉄格子を破壊して檻から脱出した。 零児達がいた牢獄の中にはいくつかの檻が存在しており、牢獄には2つの扉があった。 2人はそのうち片方の扉を開く。 その先は牢獄の外で、古城とは別の建物になっている。 この牢獄が1つの建物で、そこから1箇所古城への橋がかけられているのだ。 「あそこから移動させられたのか……?」 こうして改めて古城から離れて周りを見てみると、いくつかドーナツ状の穴の外へと通じる橋が古城から伸びているのが分かる。そのいくつかの橋も途中で崩落しているものもあったが、一部はこの古城から脱出できそうなものが存在している。 「クロガネさん」 「はい?」 不意にディーエが口を開いた。 「ネルさんが我々に対して攻撃を加えたことについてなんですが……」 「あ〜そのことですか」 ディーエはなぜネレスが自分達に牙を向いたのか。その理由を知りたいのだろう。それを察して、零児は今から3週間ほど前に戦った精神寄生虫《アストラルパラサイド》について話した。 その寄生虫に肉体を乗っ取られているのが今のネルの状態なんだと。 「そんな寄生虫が存在したなんて……」 「いや、この精神寄生虫《アストラルパラサイド》って奴は、誰かが作った生物兵器です。自然界に存在するものではありません」 「一体誰が何の目的で……」 「それはわかりません。だけど、この古城にいる……多分この古城の主なら何かしらわかるかもしれません」 零児はネルとシャロンを助けると同時に、そのことも確かめようと思っていた。ジストと乗っ取られたネルが知っている、オルトムスという人物のことを。 2人は古城へと足を運ぶ。 本来は脱出することを目的として行動していたのに、自らその古城へと足を運んでいるのだからその心境は複雑だ。 古城の扉を蹴り破り、その中へと入る。内部は古城のどこかであるということ以外何もわからない。 ただ、今まで探索した古城とは違った特徴があった。 それは、壁が青白く発光しているということだった。そのおかげで明りがなくてもある程度状況がつかめる。 そしてその空間内ではぴちゃぴちゃと水がはねるような音が聞こえる。その音は石の壁に反響し、辺りに響き渡る。 「一体何の音だ……?」 壁も天井も石で作られているその空間は、今まで見てきた古城のイメージを吹き飛ばすには十分なものだった。そして床は金網になっており、床の下をそのまま覗くことができた。 「……!! クロガネさん……あれでは……!」 ディーエは床下に目を向けながら顔を強張らせた。 「……?」 零児もディーエにならって床下へと視線を落とす。 「……!! ……おいおい」 金網の下。それを見た零児も言葉を失う。 無数の蛇が絡まった糸のように折り重なり、交差させている。どれくらいの蛇がいるのか、数えることすら困難なほどの数だ。 とにかく大量の蛇が床下で激しく自らの体を這わせあっている。 蛇、否動物は1匹のメスと交尾をするために、オスがメスを奪い合う。自然界においてそれは至極当然なことなのだろう。 そしてそれが蛇であるならばこのように一箇所に蛇が密集することもあるだろう。 しかし、それを見慣れていない零児やディーエからしてみれば、ぬらぬらした鱗を持つ多量の蛇がうごめいている様にしか見えない。 牛のような巨大な動物が群れで行動したりする様は雄大に見えても、蛇や虫のようにミクロな生物が動き回る様はどうしてもおぞましく見えてしまう。 それが人間と言うものである。 そして、零児とディーエは実際に背筋が凍りつくような気がするほどの激しい悪寒に晒された。 「……………………オルトムスって奴は……蛇を食って生活しているとでも言うのか?」 長い沈黙からなんとか立ち直った零児の放った第一声がそれだった。 「それはある意味正しくもあり、間違いでもある……」 突如、誰のものとも知れない声が当たりに響き渡る。 零児とディーエが顔を上げた先から、紺色のローブを身にまとい、身の丈ほどもある巨大な杖を左手に持ち、歩いてくる男がいた。 茶色の髪の毛は頭の形に合わせてあって極めて短く、薄くヒゲが生えている。顔に深く刻まれた皺《しわ》は、決して加齢のためにできたものではないだろう。堂々としたたたずまいは気品に満ち溢れている。しかし、細い目つきからは爬虫類のような陰険さが微妙に漂っていて、見るものに対して非常にアンバランスな印象を与える。 男は4,5メートル程度の間を空けた状態で零児とディーエを見る。 「始めまして、鉄零児、ディーエ……」 男は歩きながら嘲《あざけ》りを含んだ笑顔で挨拶をする。 「どうやってあの牢を脱出したのかは不明だが、キミ達には牢に帰ってもらおう。実験ネズミは1人ずつと決めているのでね」 「いきなり現れて人を実験ネズミ呼ばわりか……」 「……」 ディーエは男に対して殺気を放ちながら睨みつけている。 「あんたがオルトムスか?」 「いかにも……」 男は芝居がかったしゃべり方で答える。 「我が名はオルトムス・クレヴァー。バイオロウゴン創設者の1人にして、現在は蛇の毒について研究している。主に……人間を対象にな」 ニヤリと不気味な笑みを浮かべるオルトムス。 「人体実験してるってことか?」 「その通りだ」 「俺達がこの古城にやってくるように仕向けたのはあんたか?」 「その通りだ」 「ネルに精神寄生虫《アストラルパラサイド》を寄生させて操ってるのも?」 「無論、それも私だ……まだ質問はあるかね?」 「……何の目的で?」 「……亜人なき世界のため」 「なに?」 「亜人は60年前に発生した害悪だ。私は亜人を滅ぼすために毒の研究をしているのだよ」 「最後にもう1つ。なぜこんな質問に答える?」 「遺言くらいは聞き届けてやっても……バチは当たるまい……」 「……そういうことかよ」 顔を引きつらせ、零児は自嘲気味に笑う。 目の前の男は自分達を生かして帰すつもりはないばかりか、今この場で殺すと言っているのだ。 「死体でも色々と使い道はあるのでね フンッ!」 直後、オルトムスのローブの下から、何かが零児目掛けて飛んでいく。 それが何なのかを目で確認するより速く、零児はその直撃を避けるべく体を横にずらし交わす。 ――なんだ? 触手? そう、触手だ。赤黒い、人間の二の腕ほどもある巨大な触手が零児の体を突き刺すべく伸びてきたのだ。 その触手が引き戻される時に、ディーエがその触手を右の豪腕で掴んだ。そして、掴んだ右手に力を込めてその触手を握りつぶそうとする。 触手はヌルヌルと滑ったが、力づくでその触手は握りつぶされ赤い液体がディーエの手の平に広がる。 「亜人め……」 オルトムスは苦々しくつぶやく。身の丈ほどもある杖をその場に置き、同時に目にも留まらぬ速さディーエの目の前に接近してきた。 「なっ!?」 電光石火の如きスピードでの接近に、ディーエは対応しきれない。 「フンッ!」 そしてディーエの反応速度をはるかに上回る動きで、オルトムスは自らの拳をディーエの腹部に叩き込んだ。 鈍く、しかし激しい痛みが腹部を伝い、強烈な、吐き気にも似た痛みを催す。 「ディーエさん!」 零児の叫びに反応するかのように、オルトムスは余った左手を零児に向ける。そして、左手の裾の下から、もう1本新たな触手を繰り出し零児を捕らえようとする。 零児もまたそれに反応し、右手から高速でダガーナイフを1本作り出しその触手に突き刺し、石の壁に磔《はりつけ》状態にする。 「むぅぅっ! おのれィ!」 零児はオルトムスの反応を無視して走り出す。ディーエの左腕を掴むと同時に、進速弾破《しんそくだんぱ》を発動。ディーエを引っ張り、オルトムスの横を高速で駆け抜け、一気に距離を離し、そのままオルトムスを突き放していった。 「まあ……どの道出られんさ」 オルトムスはそれを追おうとせず、黙って零児達が離れていくのを見ているだけだった。 |
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第18話 違和感と豹変 |
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第19話 姿を見せた黒幕 |
第20話 合流 怪植物の部屋 |